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福岡家庭裁判所柳川支部 昭和50年(家)30号 審判

申立人 鈴木恵子(仮名)

相手方 西本タツ(仮名)

主文

申立人を被相続人小川守の祭具及び墳墓の承継者と指定する。

相手方は、申立人に対して、被相続人小川守の遺骨を引渡せ。

理由

一  申立の趣旨

主文同旨の審判を求める。

二  申立の実情

(一)  申立人は、被相続人小川守の姪(申立人の父亡和田秀則は被相続人の兄である)である。

(二)  被相続人は、昭和四九年九月一二日死亡したが、同女の夫小川章一が昭和三九年一一月一日に死亡しており、子供もなく養子縁組もしていなかつたので、死亡当時全く孤独であつた。

(三)  被相続人には遺産は殆んどなく、ただ同女名義の郵便貯金が数万円あつたのみである。

本申立の目的は、被相続人には子供等の近親者がないので、××市地方の慣習に従い、申立人が同女の遺骨を引取り既に同市△△に建てられている同女等の夫婦墓に埋葬して、その供養をして行きたいためである。

(四)  被相続人の遺骨は相手方が保管しているが、その経緯は次のとおりである。

被相続人は、○○市に在住中病気となつて○○×××病院に入院していたが、昭和四九年七月一七日相手方方に転出して同居するようになり、同年九月一二日死亡して、相手方がその遺骨を現在まで保管しているのである。

(五)  被相続人が病気で入院するようになつた際、申立人夫婦は再三同女に対し××市に帰つて病院に入院するよう勧誘したのであるが、同女はこれに応じなかつた。

被相続人が相手方方に同居したことも死亡したことも申立人には全然相手方からは知らされず、偶々被相続人の亡夫の友人である大塚和男から死亡の通知を受けて始めて知つたのである。

そこで申立人の夫が被相続人の遺骨の引取りのため相手方方を訪ねたが、相手方は頑強に拒否してその引渡しをしない。

三  判断

(一)  記録添付の戸籍謄本二通除籍謄本住民票謄本診断書調査官の大塚和男及び申立人に対する調査の結果並びに相手方審問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  被相続人は申立人の血縁の叔母であること。

(2)  被相続人は、大正八年一〇月二二日小川章一と婚姻したが、夫婦間に子供は生れず養子もなく、夫章一が昭和三九年一一月一日死亡したため、全く孤独となつたこと。

(3)  被相続人は「生長の家」を通じて約一〇年前から相手方と交際を始め、また大塚和男夫妻とも昭和一七、八年頃から「生長の家」を通じて知合い親しく交際して来たこと。

(4)  被相続人は、約三年前から病気になつて○○×××病院に入院し、特別養護老人ホームに収容されていたが、昭和四九年七月退院を希望して相手方方に転居し同居していたところ、同年九月一二日死亡したこと。

(5)  相手方は、被相続人の死亡について申立人及び大塚和男に対し全然通知しなかつたところ、同年九月一五日大塚和男夫婦が偶々被相続人を見舞うため相手方方を訪ねた際初めて死亡の事実を知つたので、かねて被相続人から預つていた親族の住所録によつて、申立人に死亡の通知をしたこと。

(6)  そこで申立人の夫鈴木勝は、同年一〇月一六日頃大塚和男と同道して相手方を訪ね、被相続人の遺骨の引渡しを要請したが相手方は被相続人の最後の世話をしたことや遺骨を直ぐ引取りに来なかつたことなどを理由にその引渡しを拒否したこと。

(7)  被相続人は、夫章一の死亡後郷里である××市△△墓地内の先祖の墓石の横に夫の墓石を建てたが、その際墓石に自己の法名をも刻み、申立人に対して「私が死んだら夫の遺骨の横に理葬してくれ」と頼んでいたことと及び申立人は今日まで墓地を管理しながらその供養を続けて来たこと。

(8)  ××市地方の慣習では、被相続人に子供等の近親者がいない場合には血縁関係の最も近い者が祭具及び墳墓を承継することになつているもののように推認されること。

(9)  尚相手方は、約一〇年前脳卒中症発作後右半身不随症を起し左右の視力も衰えて白内障症状を呈しており、昭和五〇年二月より終日就床して全身老衰の徴があること。

(二)  以上認定事実を総合して、次のとおり判断する。

(1)  被相続人の本籍地で郷里でもある××市地方では上記のとおり、近親者がいない場合に最も血縁の近い者が祭具及び墳墓を承継する慣習があるもののように推認されるが、仮にこのような慣習がないとしても、申立人が被相続人と血縁関係の最も近い者であり、かつ、従来から被相続人夫婦の墓地及び先祖の墓石を管理してその供養を続けて来ている実情を考慮すれば、申立人をして被相続人の祭具及び墳墓を承継させるのが相当である。

(2)  そうだとすれば、被相続人の遺骨もこの際祭具及び墳墓の承継者である申立人をして相手方より引取らせ、申立人が前記墓地にこれを埋葬しその供養をして行くことが相当であり、このことは被相続人の遺志に反するものとは考えられない。

相手方が約二ヶ月間被相続人と同居してその世話をなし死亡後葬式を行いその遺骨を今日まで保管し供養して来た事実は申立人の遺骨引渡請求を拒否する正当な理由とはならないばかりでなく、相手方が老齢であり従前から病床にあつて他の看護を受けねばならない健康状態を考慮すれば、速やかに被相続人の遺骨を申立人に引渡させるのが相当である。

四  よつて申立人の本件申立は理由があるのでこれを認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 時津秀男)

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